向島で戦うブログ
能書きはいい。飲めばわかる。
プロフィール

Author:goemonhide
FC2ブログへようこそ!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



高原ライフ④富士登山
以前高山病にかかって頭痛に悩まされたの走りまわって一気に登ったせいと、夜通し登ったので睡眠不足とのダブルパンチだと踏んだわけ。

で、今回は奮発?して1泊と。

午後五時に夕食を済ませそのまま山小屋へ。

初の山小屋はどんなものかと思ったら2段の棚にずらーっと寝袋が並べてあるわけだ。

隣の人ともものすごい至近距離。

で、寝袋に入るとウトウトっとして浅い眠りではあったが夢うつつ状態。

で、ふと気付く異変。

頭が痛いのだ。。ひじょうに。。。

ひょっとしたら僕無呼吸症候群なのかもしれない。。

こりゃまずいなあと思い過呼吸を意識して寝ると眠れない。意識すればするほど眠れない。。

そんなこんなで結局ほぼ無睡眠で深夜二時を迎える。

御来光を山頂で見るにはこの時間に起こされる。

ああ、、、まあ休憩できただけいいか。

山小屋から出ると物凄い人の数。。。
IMG_1062.jpg
そう。須走り口は8合目で登山者の多い富士吉田口と合流するので一気に混み合うのだ。

ここからはディズニーランドのアトラクションより長い行列に並びながらひたすら急斜面を登っていく感じ。

とにかく寒く体力的にも辛い。。

まあでも程なく山頂へ。
IMG_1065.jpg

大分明るいがまだ日の出前。

IMG_1067.jpg

IMG_1068.jpg

IMG_1069.jpg

とにもかくにも人が多い。。。


お。ちょっと来たぞ!!
IMG_1070.jpg

来たぞー!!
IMG_1071.jpg

来たーーー!!!
IMG_1079.jpg

ってなわけで無事山頂で御来光。
IMG_1084.jpg

雲海の上にまた雲海みたいな世界。
IMG_1086.jpg

しかしあれだね、富士山だけなのかなんなのか山小屋の横柄さが気にかかる。
登山者より位が高いんだろうねやっぱ・・お客様商売じゃないんだね。

この辺理解してないときっと喧嘩になるから富士山登る人は気をつけよう。

せっかくなので前回出来なかったお鉢めぐりをしてみる事にした。

IMG_1094.jpg

IMG_1095.jpg

しかしこれが思いのほかキツカッタ。。。
IMG_1102.jpg

出ては隠れる太陽。。風が強いだけに日差しの暖かさはありがたいのだがなかなか・・

IMG_1096.jpg

影富士ってやつ。
IMG_1100.jpg

でやっと富士山の最高峰「剣ヶ峰」に到着。
IMG_1104.jpg

山梨側の登山口からだとお鉢をぐるっと回って真逆にある。

ついに日本最高地点に立ったわけだ。

IMG_1110.jpg

そんなわけでまた真逆の山梨側までぐるっと回り、下山。

曇って水蒸気爆発なんだなあって分かる瞬間
IMG_1113.jpg
一気にもくもくもく!!っと立ち上がる。

須走り下山はミニ砂走りがある。
IMG_1119.jpg


急斜面のふかふか砂を「ざーざーざー」っと飛んで走る感覚。

IMG_1120.jpg

これのおかげで登山靴じゃない人は相当苦労したはず。。。

そんなこんなで無事下山し、もう二度と登るもんか!とまた思う。

でも静岡側から登った事ないからまた登っちゃうのかな。。。

おわり。



スポンサーサイト
高原ライフ③富士登山1
富士登山は1度行った事はあるんだけど、まあ今回は別の登山口から登ってみたんだ。

前回は富士吉田。

今回は須走り口から登ります。
IMG_1019_20170205040421fe5.jpg
 
ちなみに富士山は4つ登山口があるんだけどこの須走りは林間部を上がって植物の限界点みられるコース。
IMG_1021.jpg

IMG_1024.jpg

前回のなだらかな富士吉田口と違ってなんだかいきなり登山・・なんか辛い・・

IMG_1031.jpg
 
しょっぱなから急な感じ。。

IMG_1037.jpg

山頂までまだ遠いなあ・・

IMG_1036_2017020504042529d.jpg

屋久島の時に寒くて着こんで歩いていたらいつの間にか汗をかき一気に冷やし大変な思いをしたので少し寒いながらも薄着で登ってたんだ。
IMG_1038.jpg


IMG_1040.jpg
植物も大分背が低くなってきた。この辺が植物限界点か。


IMG_1041.jpg
ガスっては晴れの繰り返し。
空気は冷たく結構寒い。。

IMG_1046.jpg
持っているものを全て着込む。。カッパまで着込む。さむい!!

IMG_1049.jpg
しかし急だ。。。

うろおぼえになってしまったが吉田口は8合目以降がこんな感じでそれまでは緩やかだった気がするなあ・・

IMG_1051.jpg
寒くてとにかく温かいものを欲する。。おしることか、カップめんとか・・

そんな中でも異人さんはランニングにビーサンだ・・
IMG_1052.jpg


まあでもやっと本7号。
IMG_1054.jpg

そして8合目。
IMG_1058.jpg

今回は本8号で宿を取ったんだ。
IMG_1059.jpg

前回は夜から登り始めて日の出を見る為に一気に登って頭ガンガンの高山病にかかってしまったのでそれを踏まえての事。

しかし寒い!!



高原ライフ②
すっかり更新怠ってますが続きです。。
八ヶ岳から河口湖に移動。
南アルプスを望みながらのツーリングは気持ちがいいもんですな。

英雄の時にじっくり見る事が出来なかった浅間神社。
IMG_0975.jpg

IMG_0980.jpg

IMG_0981.jpg

ここも世界遺産。
猿が走りまわってましたけど。。

パワースポットでもあるようで御朱印女子もたくさんこられてました。

IMG_0983.jpg

IMG_0984.jpg

IMG_0985.jpg

IMG_0986.jpg

IMG_0987.jpg

神社仏閣って今まであまり興味なかったのですが、旧東海道、旧中山道をやって古い建物にへーほーと感心していた時、そこら中にある神社仏閣はもっともっと古くからあるモノなんだよなあ。。としみじみ感じ、最近興味持ち始めたのです。

まあ色々の事調べていくと大変なので雰囲気のカッコよさだけで止めておきますが。

そしてもう一つ英雄(自転車イベントね)の時見れなかった船津胎内樹形

此方も世界遺産の神社です
IMG_0991.jpg

富士さんの噴火によって大木が溶岩に飲まれ、焼け、空洞になったもの。
IMG_0992.jpg

IMG_0993.jpg

IMG_0994.jpg

人の胎内に見立ててあります。

IMG_0996.jpg

IMG_0997.jpg

母の胎内
IMG_0999.jpg

IMG_1001.jpg

IMG_1002.jpg

IMG_1003.jpg

今は電飾による光が煌々と照っていますが江戸時代は蝋燭で入って行ったそうです。。いや怖いなあ。。

単純な道ではありますが何箇所か枝分かれしていて胎内のようになっています。

IMG_1004.jpg

IMG_1005.jpg
コノハナヤクヤヒメが祭られています。


此方は父の胎内
IMG_1008.jpg

IMG_1009.jpg

IMG_1010.jpg


そんなこんなで腰をかがめて歩き歩きで出口へ。
IMG_1014_20170203124804cea.jpg
昔はこんな感じでお参りしていたんだなあ。。

さて明日は富士登山だ!!



高原ライフ①
なんとなーく高原でのんびりしたいなあ。。。
なんて思って八ヶ岳へ。
IMG_0857.jpg

高原の空気はすがすがしい。

しかしここ数年八ヶ岳来る事が多くなった気がするなあ。
意外と近くてバイクで走ってて気持ち良い。

清泉寮のなんとかって所でご飯。
IMG_0858.jpg
なんだかヘルシー。

清泉寮といえばジャージーソフト。
IMG_0863.jpg

IMG_0864.jpg
のんびり。

何もしない時間の贅沢を知ってしまった僕はさらにのんびりする為にヘルシーな民宿へ。
IMG_0889.jpg
オーナーが自分で建ててしまったお家。

うれしい事にトランポリンで遊びたい放題。
IMG_0910.jpg


無農薬家庭菜園で採れた野菜を料理として出してくれます。
IMG_0950.jpg

IMG_0937.jpg

なんだかヘルシー志向になってしまってこういうのに弱い。
IMG_0938.jpg
IMG_0939.jpg
庭で積んだバジルは乾燥させて使うんだ。

まあ食事の美味しい事。以前の僕なら食べ物は口に入れば何でもよかった。
IMG_0944.jpg
IMG_0943.jpg
しかし今は食にこだわるよ!
・・・いえ、普通にジャンクなものも好きです。

そんなわけで朝。
IMG_0948.jpg

なんだろう。このアルプスの少女ハイジになったかのような生活は。
IMG_0951.jpg
野菜は庭からとってくる。オーガニック。
IMG_0953.jpg
お茶も庭からとってくる。オーガニック。
IMG_0956.jpg
雑誌とかテレビでしか見たことないナチュラルライフ。普段の僕とはかけ離れた生活。。

オーナーさんからハンモックも借りてさらにのんびり。
IMG_0960.jpg
IMG_0958.jpg
IMG_0961.jpg

何なんでしょう。この絵に描いたような高原生活。。まさに理想通り。。

お昼は近くのお蕎麦屋さんへ。
IMG_0962.jpg
ここ相当美味しかった!!
人気店らしくエライ混んでいたが間違いなく美味しかった。
僕蕎麦打ちするようになって蕎麦の味が分かるようになってしまったのが嬉しいやら悲しいやら。。
昔は蕎麦は何でも美味しかった。でも美味しい蕎麦ばかり食べてるうちにマズイ蕎麦に気が付いてしまったんだなあ。。いいんだか悪いんだか。。

御射鹿池に行ってみたよ。

イメージ写真。
20140524_photo_19.jpg
M9A80411-1024x683.jpg

CMとかネットの写真で凄いきれいな池だなあって思うんだけどね。映像技術の差なんだなあ。。。

ちなみに僕が撮るとこんなです。
IMG_0963.jpg

はい。普通の池です。



この日の夜は他のお客さんたちとキャンプファイヤーしました。
IMG_0971.jpg

IMG_0969.jpg
マシュマロ焼くよねー。
IMG_0967.jpg

IMG_0972.jpg
花火するよねー。

明日は河口湖へ!!

つづく。
旧中山道の旅 後編④
ちなみに高宮で髭がとってくれた写真。
13690609_1057494367637342_3608889927458504113_n.jpg
13726848_1057494387637340_8639699763876579187_n.jpg

またしても髭の所にお世話になってしまった僕・・
13731750_1057983970921715_1615436731882488828_n.jpg

13697058_1057983950921717_1093203805213635635_n.jpg

皆に「がんばってくるよ!」と伝え再び漕ぎだします。

愛知川宿
IMG_0668.jpg

昨夜は暗かった為、もう一度通ります。
IMG_0670.jpg

IMG_0671.jpg

<IMG_0672.jpg


清水鼻の名水にて給水&小休止
IMG_0674.jpg

IMG_0675.jpg
炎天下にはありがたい。。



武佐宿
IMG_0676.jpg

IMG_0678.jpg

IMG_0677.jpg

武佐宿を越えると横関川にぶつかる。
ナビを見ると川沿いに行くようになっているのだが道が途絶えた。。
IMG_0679.jpg
あ、そうか昔は船で渡ったんだっけ。。
とよく調べてみると舟橋という方法があったそう。通常は舟渡しであるが、水量が下がると川に杭を打って舟橋としていたのだそうだ。もちろん今は無いわけだが。
というわけで近くに掛かってる橋まで行き渡り、渡船場跡までもどりまた旧道へ。途中間の宿である鏡の宿ある(道の駅でトイレ休憩はしました。)のだが、とりあえず数に数えられている宿場町を見よう。


守山宿
IMG_0680.jpg

IMG_0681.jpg

IMG_0682.jpg

IMG_0683.jpg

もうここまで来ると京都近いぞ感が否応なしに高まる。

線路の高架下を抜け・・・
IMG_0684.jpg
こんなに狭くても中山道。
IMG_0685.jpg

そして草津駅そばの古くから営んでいるというソバ屋でお昼。
IMG_0686.jpg
あれ?老舗なのに乾麺でした。。。まあいいか。

草津宿
IMG_0688.jpg

IMG_0691.jpg

ここより東海道と交わるわけです。
思えば東海道を折りたたみ自転車で行ったのってもう五年前??
月日がたつのは早いもんですな。
IMG_0690.jpg

IMG_0692.jpg

IMG_0693.jpg

IMG_0694.jpg

草津宿を抜け
ハスの葉で覆われてる池に。
IMG_0695.jpg

IMG_0696.jpg
ハスの種って怖いですよね。。ハスコラ依頼トラウマに。。

瀬田の唐橋
IMG_0697.jpg
琵琶を越すといよいよ佳境に入ってきた感が!

大津宿
IMG_0698.jpg

IMG_0699.jpg

東海道編でも書いたかもしれないが逢坂が地味にきつい・・・まあでも時間もたっぷりあるし休み休みね。

IMG_0700.jpg
あーもうすぐだ!!

とえっちらおっちらと漕いで行くと人も増えて京都へ!!

東海道制覇以来の三条大橋!
IMG_0703.jpg

IMG_0708.jpg

IMG_0706.jpg
お疲れさまでした僕。


しばし涼をとります。
IMG_0710.jpg

IMG_0709.jpg


旧街道を走って思ったこと。

旧街道の宿場町は江戸時代の商店のビジネスモデルだったはず。
それが時代とともに生活が変わり乗り物が変わり、それに応じて広く整備された道が出来、主街道が国道や県道へと変わるにつれ、人の往来も交通量の多い方へ移行しそれまでメインだった旧街道は裏路地でしかなくなってしまった。
新しい道だって混んでくればバイパスや陸橋が出来、そこにあった商店はまたダメになる。
新しいインフラが出来れば、そちらに着いて従うものが増えた分、旧いものが消えていく。
現代はインターネットという街道に幾つものビジネスモデルが出来、廃るサイクルも早くなり、また思いもよらない道が出来る。
いい事なのかどうなのかも分からないが、新しいものが増えた分やはりそれまでの旧いものは減ってる気はする。

さてさて、取り敢えず今は昔の街道に思いを馳せよう。

IMG_0711.jpg


さて!!五街道のうち長い2つは制覇したぞ!

次はどれ行くかな!

中山道の旅おしまい!
旧中山道の旅 後編③
うとう峠はすぐ脇を国道が通り自然散策路的な感じであったので山奥に来ている感は最初だけだったの安心した。

さて峠を抜けしばらく進むと

鵜沼宿
IMG_0603.jpg

鵜沼宿は明治24年(1891年)の濃尾大地震で壊滅的な被害を受けたため、江戸時代の建物はほとんど残っていないそうです。

それでもなんだか雰囲気のある街並み。
IMG_0604.jpg

清酒菊川。趣がありますねえ。
IMG_0606.jpg


町屋の一つが資料館として公開されています。
IMG_0610.jpg
 
階段下の収納箪笥なんか今でも収納アイデアとして生かされても良いですね。
IMG_0611.jpg

IMG_0612.jpg

IMG_0613.jpg

大垣城の鉄門
IMG_0615.jpg

文を読むと耐久性、耐火性を求めた結果のようですね。
IMG_0607.jpg

鉄門と言っても薄めの鉄を貼り合わせたいわゆるサイディング。
IMG_0608.jpg

錆がいい雰囲気です。
IMG_0609.jpg


加納宿
IMG_0618.jpg

城下町「加納」は、関ヶ原の合戦から半年後の慶長6年(1601)に、十万石の領地を与えられた奥平信昌が、地元の有力者たちを指揮して整備したことから始まる。その後、寛永11年(1634)には中山道の宿場に定められた。宿場の中心部では、岐阜町から名古屋の熱田へ続く御鮨街道(岐阜街道・尾張街道)と交わっており、交通に要になっていたようです(引用)
IMG_0619.jpg

岐阜駅も近くこの辺で1泊できたら楽なことでしょう。 初日はここまで来る予定でしたけどね。
IMG_0620.jpg

さてさてまた漕ぎ出し長良川を越えると河渡宿

河渡宿
IMG_0622.jpg

IMG_0623.jpg

美江寺宿
IMG_0624.jpg

IMG_0625.jpg

河渡宿、美江寺宿は然程旧道感もない感じでした。

と美江寺宿を過ぎて少し寄り道。

大垣へ足を延ばしてみました。

大垣と言えば「うなぎ川貞」でございます。
そう。ウナ太郎さんが営む老舗のウナギ屋さん。
IMG_0626.jpg

IMG_0627.jpg
ウナ太郎さんは最近ご結婚なされて第一子も授かったとおめでたい事づくめなのでお福分けしてもらった感じで元気をいただきました。

さてまた旧中山道にもどり進みます。

赤坂宿
IMG_0628.jpg

赤坂宿東西に連なる町筋には、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠17軒と商家が軒を並べ、美濃国の宿場町として繁盛していた。
また、明治年間には杭瀬川の豊富な水量を利用した、舟運交通が最盛期を迎え、赤坂宿の東端にある赤坂港が重要な役割を果たしていたようです(引用)

IMG_0629.jpg


1775年建築らしい旧清水家。
IMG_0630.jpg


垂井宿
IMG_0631.jpg

垂井宿には、美濃国の一宮「南宮大社」へ向かう大鳥居があり、当時も門前町として栄えたことをうかがわせる。また、現在も、面影を残す旧家が軒を連ねています
IMG_0632.jpg

IMG_0633.jpg


関ケ原宿
IMG_0635.jpg

IMG_0634.jpg
この関ヶ原付近では、壬申の乱や関ヶ原の戦いなどが起った場所で、いろいろと関連する史跡が多いですが道すがらあった古戦場でトイレを拝借するだけにとどまりました。

ちなみに合戦場は旧中山道から少々離れた場所にあります。

IMG_0636.jpg


今須宿
IMG_0637.jpg
今須宿は、中山道美濃16宿のうち、最西端の宿場。ここより西は近江国となる。妙応寺の門前町として栄えたようです。
IMG_0638.jpg
美濃と近江の国境ですな。
IMG_0639.jpg
いよいよ後半の国でございます。
IMG_0640.jpg

柏原宿
IMG_0641.jpg
柏原宿は、本陣1件、脇本陣1件、旅籠22件と、今須宿から3.3㎞と短いわりに旅籠が多かった。なぜなら、柏原宿は東山道の宿駅、東下りの際、不破関手前の宿駅地として軍事・交通の要衝だったためである。
また「伊吹もぐさ」も名物で、伊吹堂の番頭福助が有名のようです。(引用)

IMG_0642.jpg

IMG_0643.jpg

IMG_0644.jpg

前回お世話になった髭野郎は中山道愛知川宿に住んでいるので前々から近くまで来たら寄るよ!と言っておいたんだ。

一応近江の国(滋賀)に入ったのでその事伝えると「米原のトンネル抜けたらまた電話頂戴!」との事。
ほうほう。トンネルがあるのだな。とまた漕ぎ出す。

醒ヶ井宿
IMG_0646.jpg
本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒で小さな宿であったが、名水の里として名を馳せ、清水が豊富で旅人の休憩地であった。宿内には、地名の由来となった「居醒の清水」をはじめ「十王水」「西行水」などが、今も湧き出している(引用)
IMG_0645.jpg
醒ヶ井もなかなか風情のある宿場町でした。
IMG_0647.jpg
当時の中山道が目に浮かびます。
IMG_0648.jpg

IMG_0649.jpg
ここで髭からの不在着信に気が付く。
かけなおしてみると「子供たちとショッピングモールに来てるから、どこかで落ち合って夕飯でも食べよう!」とのこと。


番場宿
IMG_0650.jpg

たぶんこの辺が米原だと思う。
IMG_0651.jpg
 
柏原宿を超えて醒ヶ井近辺から名神道と並行して走っており、旧道を通る人々もまばらな感じです。

IMG_0652.jpg

ゆるいが上りが足に来ると思ったら磨針峠という道。。。
登ったところでまたゆるく下ると

鳥居本宿
IMG_0654.jpg

IMG_0656.jpg
今このブログを書いてて気が付いたんだけど鳥居本は彦根城に近いんだねえ。

IMG_0657.jpg


IMG_0658.jpg

IMG_0659.jpg

とりあえず髭に電話。いま鳥居本だよー。と伝えると「なんや!!早いな!!これからそっち向かうわ!」との事。
そんでもって米原のトンネルってどこだったんだろう??

高宮宿
IMG_0660.jpg
IMG_0661.jpg

高宮宿は多賀大社の門前町として、また近江上布(麻布)の集散地として
大変栄えた宿場

多賀大社の大鳥居
IMG_0662.jpg

多賀大社は前回髭に連れてきてもらったなあ。

・・・とここでその髭から電話。

「今鳥居本なんやけどどこにおる?」

あ、僕高宮まで来ちゃった。

「あれ?じゃあどこかですれ違ってるな。ちょっとそこで待ってて今すぐ行くから!」

ということで無事髭と合流。

回転寿司でも。と思っていたそうだがあまりの混雑ぶりに急きょマクドナルドへ。
IMG_0664.jpg
男の子は夏が来るたびに男の顔になってくるんだ。

IMG_0665.jpg

皆元気そうで何より!
IMG_0666.jpg

・・・とまあこの流れでまた髭宅に1晩お世話になることになってしまった。。

ありがたい。。

つづく。

旧中山道の旅 後編③
ちょいと散策。
IMG_0536.jpg


IMG_0535.jpg

IMG_0537.jpg

しかしお世話になる宿は見るからに古いな。。
IMG_0538.jpg

IMG_0539.jpg

IMG_0540.jpg

そして夕食。
IMG_0542.jpg
いや~地の物郷土料理最高です!

僕奥座敷に居るんだけど、前方の方が入口で一段低くなっていて低いほうが家来、高いほうが将軍とか位の高い人がくつろげるようになっていたそう。
IMG_0543.jpg
多分この辺から「敷居が高い」ってのが出来たに違いない。

IMG_0544.jpg

なんだか田舎のおばあちゃんちに来たような感じです。
IMG_0545.jpg

IMG_0546.jpg
徒歩で中山道の御方。
徒歩旅なのでこまめにこまめにやっているそう。
聞けば今日は中津川までバスで来てここまで歩いてきたそう。
僕がこの宿にお世話になる昼には見かけていたから結構なペースで歩いてますね!
中山道は東海道と違って駅が無いので徒歩の場合は計画的にいかないと続きをやるにもとんでもない事になるとの事。


翌朝、宿内を案内していただきました。
IMG_0547.jpg

ちょいと刀傷。
IMG_0549.jpg

昔の建築は二階で刀が振り回せないように天井を低く作ってあるそうです。
1858年の建築だそう・・・いやーよくもっている!
IMG_0548.jpg
お部屋をぐるりと廊下が囲んでいます。
IMG_0550.jpg
朝鮮通信使の書。
あれ~?朝鮮通信使って中山道来てましたっけ?って話をしましたが、まあどこかで入手したのでしょう?とのこと。
IMG_0552.jpg
こちらは三国志でしょうか?
IMG_0554.jpg

IMG_0553.jpg

IMG_0556.jpg

さて出発しますかな!
IMG_0558.jpg

徒歩の旅も楽しそう!お気をつけて!
IMG_0559.jpg

朝一はなんとも清々しいですな。
IMG_0561.jpg

IMG_0560.jpg

お!また未舗装。
IMG_0564.jpg

こんな獣道になにやら立派な石垣が!!
IMG_0567.jpg

こんな道なのに。。昔は大分大通りだったのでしょうか?
IMG_0566.jpg

きっと相当なお屋敷だったに違いない。
IMG_0568.jpg

IMG_0569.jpg

謡坂の石畳
IMG_0570.jpg

長閑な田舎道も越えやっと下界に下りれた感じです。
IMG_0572.jpg

御嵩宿
IMG_0571.jpg
ここからはずーっと舗装路。
宿もお店もあるので安心です。
IMG_0575.jpg

IMG_0574.jpg

慶長5年(1600)に、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、直ちに宿駅伝馬制へと着手。慶長7年(1602)には御嵩宿に「伝馬掟朱印状」を下したことから、重要な拠点とみなしていたことがうかがえる。天保年間の調査によると、本陣脇、本陣が各1軒、家数は66軒とある。

IMG_0576.jpg

IMG_0577.jpg



伏見宿
IMG_0578.jpg
伏見宿は、木曽川に新村湊を控え、荷の集積港として賑わっていた。
また、太田の渡しが川止めになると旅人があふれ、飯盛女も多い宿場であったそう。

IMG_0579.jpg

東海道と中山道、海側の東海道はやはり川渡りが難点だった為山側の中山道を歩いた人たちも多かったよう。

で中山道でも難所の太田の渡し。木曽川越えです。
IMG_0580.jpg

現代では橋が掛かっていますから。。川渡りの苦労は感じません。。

IMG_0581.jpg

木曽川を越えると太田宿。


太田宿
IMG_0582.jpg

IMG_0583.jpg

古い宿場町の面影を色濃く残しております。

IMG_0585.jpg

IMG_0586.jpg

IMG_0587.jpg

IMG_0588.jpg
この辺で雨が降ったりやんだり。
 
カッパを着れば汗でずぶ濡れ。カッパ脱げば雨でずぶ濡れ。どっちにしてもでございます。

IMG_0589.jpg

IMG_0590.jpg

IMG_0591.jpg
とてもいい雰囲気の太田宿を抜け自転車こぎ漕ぎしていますとトンネルにぶつかるわけです。

旧街道は基本的にトンネルは抜けません。
峠越えです。しかし峠の位置口が分かりません。
・・・でもずーっと一本道だったのになあ、道間違えるはずもなし。

携帯ナビで確認すると右手に見える山をいく感じのルートになっております。

で、来た道を戻ってみますと・・・

歩道側にあった!!
国道の下くぐるんだ!!分かりにくいー!
IMG_0593.jpg

IMG_0594.jpg

IMG_0596.jpg

IMG_0597.jpg

はい!峠に出る事が出来ました!

うとう峠
IMG_0598.jpg

いやー山登りはキツイね。
IMG_0599.jpg

IMG_0601.jpg

1日目をさぼった分2日目が長い。。まだまだがんばるぞ!ってことで・・・つづく!
旧中山道の旅 後編②


あ、そうだ。後半の山場に十三峠ってのがあるって聞いてたぞ!
これがそれか!!

IMG_0488.jpg


おお!なんだか手強そう。。
IMG_0489.jpg

まあこういう道も逆に風情があると割り切って楽しみながらのんびり行きます。
IMG_0490.jpg


IMG_0491.jpg

IMG_0492.jpg

なんだか不吉な名前。。
IMG_0493.jpg


IMG_0494.jpg

事の起こりを読んでみたら、昔、この地蔵の前で2人の中間(ちゅうげん)が休憩していて
寝込んでしまった

一人が目覚めると、連れが首を切られて死んでいた
辺りを見回してもそれらしき犯人は見当たらなかった

連れが襲われたのに、黙って見ているとはと怒り
地蔵の首を切り刎ねてしまった

村人が、地蔵の首を元に戻そうとして
何度も試みたがどうしてもつかなかった

以後、首なし地蔵と呼ぶようになったとか

IMG_0498.jpg

IMG_0495.jpg

登ったり下ったり。
IMG_0499.jpg


もう自分がいまどの辺に居るのかもよくわからなくなってきました。
IMG_0501.jpg

そう。13の峠を越えるから十三峠。
IMG_0502.jpg

IMG_0503.jpg

この先どこまで続くのか。

IMG_0504.jpg

IMG_0505.jpg

「よー!どっからきた?」とお父さん。
今日中津川からですね。
「めっきりこの道もモノ好きしか通らなくなってな。バイパスのが便利なもんで皆そっちにいっちまうんだ。」
まあ僕旧中山道やってますから。
「おお俺も昔やった!琵琶峠抜けたらもうあとは舗装路よ!」
・・・ああまだ琵琶峠ってのがあるのか。



IMG_0506.jpg

IMG_0507.jpg

なんとか集落へ下りれた。

大湫宿
IMG_0511.jpg
唯一ある商店。
僕を見るなり
「十三峠は楽しかったでしょ!?」とニコニコのお母さん。
完全に見透かされてる様子。

水分と食糧調達。この先にも何も無いって言ってたもんなあ。
IMG_0512.jpg
店先でカロリー補給。

IMG_0513.jpg

IMG_0515.jpg

IMG_0516.jpg

IMG_0517.jpg

IMG_0519.jpg

IMG_0521.jpg

さてさて大湫宿を抜けると雨が降り出してきました。
んー。まいったなとカッパを着こむ。

そして琵琶峠
IMG_0524.jpg

石畳の為また自転車担ぐ羽目に・・
IMG_0526.jpg

IMG_0527.jpg

琵琶峠散策中の御夫婦に声をかけて頂いた。
「あんたさっき大湫宿の商店でおにぎり食べてるとこ見たよ!」
聞けば車で中山道散策しているそう。

「自転車だと大変だろうけど頑張ってね!!」
はい。がんばりますよー。

細久手宿
IMG_0528.jpg

細久手宿に入る頃には雨は止んだ。
IMG_0529.jpg

カッパを脱ぎながら古い建物だなあと眺めつつ地図をとりだす。
IMG_0530.jpg

今日は多分30キロくらいしか走ってないんじゃないかな?
1日100キロくらい走りたいから今日は岐阜あたりまで行ければいいな。駅も近いから宿もたくさんあるだろうし。
・・・と大体の目星をつけ、携帯片手に岐阜近辺のビジネスホテルを探し片っ端から電話するのが僕の自転車旅の宿の取り方。


IMG_0532.jpg
そんな事をしていると前の建物からお母さんが出てきた。

「どこからきた?」
今日は中津川からですね。
「ここらの地図。もって行きなさい。」と細久手の観光マップをくれた。

「今日はどこまでいくんだい?」
まだ決めてないですね。でも岐阜あたりまでは走れそうです。

「うち宿やってるから泊まってけば?」

内心、まだ走りたいけどこれも何かの縁かなと急遽こちらに泊まる事になってしまった。。
まだ昼過ぎ。たまにはのんびりするかあ!!

IMG_0533.jpg

お茶菓子出してくれた。

IMG_0534.jpg

お!この紫蘇のお茶めちゃくちゃ美味しいぞ!!!


つづく。

旧中山道の旅 後編①
前回タイムアップ?で中津川で終了してしまった旧中山道の旅。
今回は中津川まで電車で行き再スタートでございます。

名古屋まで新幹線、そこから特急で中津川へ。。まあ遠回りで電車賃もばかにならん。。中山道がやりにくいとはこの事。

ちなみに中津川行の特急は超満員で連結部分に自転車抱きしめての乗車。まー酔った酔った。吐くかと思った。



猶予は二泊三日。一日100キロペースで進めば余裕でございますな。
まあもう大きな峠は無いでしょうし。




そんな訳で前回ヒゲ野郎を待ちぼうけした懐かしの駅。



軽やかに漕ぎだします。

中津川宿

「やす」ではなく「すや」ね。超老舗のお酢屋さん。

IMG_0469.jpg

IMG_0470.jpg

IMG_0471.jpg

IMG_0472.jpg

中津川宿もなんだかんだと宿場町の面影をあちこちに残しております。

IMG_0473_201611221823142ad.jpg

IMG_0474.jpg

IMG_0475.jpg

IMG_0476.jpg

IMG_0477.jpg

途中峠でトイレ休憩。セミの抜け殻。夏休みだねえ。。
IMG_0478.jpg

大井宿
IMG_0479.jpg

大井宿は恵那駅が最寄り。
ああ、さっき電車で通り過ぎた駅だ。。なんて思いながら通る。

IMG_0481.jpg

IMG_0480.jpg

IMG_0482.jpg

IMG_0483.jpg

IMG_0485.jpg
いいねいいね!舗装路は!わくわくしながら街散策。



ん?
IMG_0486.jpg

IMG_0487.jpg
道行が怪しくなってきたぞ??

もう峠越えは無かったんじゃないのかな??んー???

つづく。
エロイカ
そもそもエロイカの事を知ったのは2011年のビンテージライフだったとおもう。



イタリアのフィレンツェへ続く未舗装の白い道「ストラーデビアンケ」の保全。
ストラーデビアンケで開催されていた伝説のレース「ジャイアントオブザロード」を復刻し。ストラーデビアンケの美しさを多くの人々に伝えていこうという目論見から始まったイベント。

参加資格は1987年以前のノーカーボン、ノービンディングのロードレーサー。身につけるヘルメットやウェアに人口製品が使われていないこと。

レースでもなく、エイドステーションではイタリアの美味しい食事やワインが振る舞われ、最長だと205kmのコース(半分以上未舗装)を1日で走る。

とても素敵に思えましたね。

その後ルチアーノさんの存在を知ることになるわけですが。。
IMG_9175.jpg

レジェンドオブエロイカ。
100年以上前の自転車で毎回参加してる兵。シングルスピードのバイクでエロイカを走破する75歳。
IMG_9174.jpg
IMG_9173.jpg

IMG_9172.jpg

IMG_9171.jpg
 
なんか男として痺れました。

今や世界各国で行われいるエロイカ。

去年のエロイカブリタニアの映像。


楽しそう。