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エロイカ
そもそもエロイカの事を知ったのは2011年のビンテージライフだったとおもう。



イタリアのフィレンツェへ続く未舗装の白い道「ストラーデビアンケ」の保全。
ストラーデビアンケで開催されていた伝説のレース「ジャイアントオブザロード」を復刻し。ストラーデビアンケの美しさを多くの人々に伝えていこうという目論見から始まったイベント。

参加資格は1987年以前のノーカーボン、ノービンディングのロードレーサー。身につけるヘルメットやウェアに人口製品が使われていないこと。

レースでもなく、エイドステーションではイタリアの美味しい食事やワインが振る舞われ、最長だと205kmのコース(半分以上未舗装)を1日で走る。

とても素敵に思えましたね。

その後ルチアーノさんの存在を知ることになるわけですが。。
IMG_9175.jpg

レジェンドオブエロイカ。
100年以上前の自転車で毎回参加してる兵。シングルスピードのバイクでエロイカを走破する75歳。
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IMG_9171.jpg
 
なんか男として痺れました。

今や世界各国で行われいるエロイカ。

去年のエロイカブリタニアの映像。


楽しそう。
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幼少期2
つづき。

紙芝居屋で買った水あめって食紅かなんかつけてくれてそれを割り箸でぐるぐる回しながら食べたっけな。
練れば練るほど空気と混ざって白くなっていくんだけど・・・・そんなのが楽しかったんだろうな。
なんも無い時代でもなかったのに。

んで紙芝居屋で片栗粉を板状にしたものに変な絵の型押しがしてあって、端っこを噛んだり手で折ったり舐めてふやかしたりしながらその絵の形に綺麗に抜けるとまたお菓子と交換してくれたんだっけ。

のちに、縁日の屋台で針でつついて形抜けたら500円とかギャンブル性の高いヤクザな遊びになってしまったね。

で、型抜きって言えば、昔下校時に小学校の校門におばちゃんが風呂敷広げて、焼き物の型かなんか並べて待ってるの。
んで子供たちに粘土をホイっと投げさせてその型に粘土が入れば得点が書いてある券(なんだろねこの券ってのも)とか金粉とかくれて、

「あとで公園においで」っていうんだわ。

んで行くと例のおばちゃんに子供たちが群がっていて、粘土を買っている。
で、その粘土で粘土細工をしておばちゃんに見せると
「これは上手くできたねー。30点!」とか言ってまた券をくれる。

で、作った粘土に金粉を塗ってもっていくと
「これはすごいねー80点」とか点数が高くなるわけ。

で、金粉をおばちゃんからお金を出して買ってみんな高得点を狙うわけだ。

ふとおばちゃんの横を見ると校門のところで広げていた焼き物の型がおいてある。
その型は魚や鳥や色々な型があってそれぞれに点数がついている。
「3000点・・・5000点・・・・10000点」などなど。
でその得点の下に「500円・・・800円・・・1000円・・・」との記載もあった。

そんなの見とれていると上級生が綺麗な魚の粘土細工をおばちゃんに見せている。
「これは素晴らしいねー100点!」なんておばちゃんは言っている。

なるほど、型に押し付けて粘土をつくればそりゃー綺麗にいくわ。

で、お金のある子はその型を直接買えるんだけど、みんなお小遣いが30円くらいの時代なんで買えるわけは無く、高得点を稼いでその型をなんとかゲットしようと必死だった。

するとおばちゃんは「こっちの粉は綺麗だよ。高得点だ」と青い粉も出し、子供たちはその粉をまた買う。

あーこんな商売もあるんだなと子供心にもおもった7歳時代。
こんな遊びをしたことある人は僕と同世代。
・・・玉の井ジェネレーション。

つづく








幼少期
時間の経つのは早いというか・・平成になってからすでに20年経ってしまってるんだな・・
僕は向島で育った訳だけど、当時向島近辺にはまだ紙芝居屋さんが自転車で来ていて、昔ながらの何十年も代わっていない良き昭和の典型的な象徴ともいえる手法で子供たち相手に悪どく駄菓子を売っていた。
しかし今考えても駄菓子なんぞは10円~50円。
物価なんかそう変わってないんだから当時の紙芝居屋さんは本業としてやっていたのか趣味でやっていたのか気になるところだ。

もちろん駄菓子屋さんもあり子供のたまり場と化していた。
当時回りの子供たちはオコズカイ(当時の相場が30円)を貰っては駄菓子屋につぎ込んでいた。
僕は駄菓子には興味は無く貰ったオコズカイを溜めては「ビッグワンガム」を買って付属のプラモデルを作って机に飾っては悦入っていた。

で、僕は駄菓子屋には全く行かなかったかというとそうでもなく、駄菓子屋にもんじゃ焼きをよく食べに行った。

多分今でもあるところにはあると思うけど駄菓子屋のすみっこに鉄板がおいてありそこでもんじゃを食べるのだ。

もんじゃは50円。
中身はキャベツと揚げ玉のシンプルなもの。
そこで卵を家から持って行き、そこの駄菓子屋で買った「ラメック」や「ベビースター」をミックスして食べるのが当時の流行だったんだ。
多分あの時食べていたもんじゃは大人になった今食べているどんなもんじゃよりも美味しかった。
なんか昭和丸出しの幼少期だったんだな今思えば。

あ、もう夜中だから寝よう。
昔は懐かしいな。また書こう。


2月24日
さて返り咲き。
三浦和義逮捕の話でも書こうかともおもったのだが、返り咲きというかぶり返しといった感じなので却下。

僕は小さい頃、生活の中に決め事をして毎回そのノルマをクリヤーしながら毎日を過ごしていた。
今はのんべんだらりんとした生活になっているので、自分に活を入れるべく昔の決め事を思い出してみた。

それは

赤信号時に息を止める。
これは青信号になるまで無呼吸を続けるといった小学校時に僕がしきりに行なっていた行為でなんら意味があったわけではないが、我慢できなく途中で息を吸ってしまった時は、
その先の電柱から次の電柱まで息を吸わないという自分にペナルティーまで課していたルールだ。

その他にも色々あったがキリが無いので今回はこのルールを1週間試そうと思う。
これが1週間続けば見事な返り咲きだと思うんだ。

・・返り咲くって意味いまいち理解してネーナ・・






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