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旧中山道の旅 後編③
うとう峠はすぐ脇を国道が通り自然散策路的な感じであったので山奥に来ている感は最初だけだったの安心した。

さて峠を抜けしばらく進むと

鵜沼宿
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鵜沼宿は明治24年(1891年)の濃尾大地震で壊滅的な被害を受けたため、江戸時代の建物はほとんど残っていないそうです。

それでもなんだか雰囲気のある街並み。
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清酒菊川。趣がありますねえ。
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町屋の一つが資料館として公開されています。
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階段下の収納箪笥なんか今でも収納アイデアとして生かされても良いですね。
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大垣城の鉄門
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文を読むと耐久性、耐火性を求めた結果のようですね。
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鉄門と言っても薄めの鉄を貼り合わせたいわゆるサイディング。
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錆がいい雰囲気です。
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加納宿
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城下町「加納」は、関ヶ原の合戦から半年後の慶長6年(1601)に、十万石の領地を与えられた奥平信昌が、地元の有力者たちを指揮して整備したことから始まる。その後、寛永11年(1634)には中山道の宿場に定められた。宿場の中心部では、岐阜町から名古屋の熱田へ続く御鮨街道(岐阜街道・尾張街道)と交わっており、交通に要になっていたようです(引用)
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岐阜駅も近くこの辺で1泊できたら楽なことでしょう。 初日はここまで来る予定でしたけどね。
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さてさてまた漕ぎ出し長良川を越えると河渡宿

河渡宿
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美江寺宿
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河渡宿、美江寺宿は然程旧道感もない感じでした。

と美江寺宿を過ぎて少し寄り道。

大垣へ足を延ばしてみました。

大垣と言えば「うなぎ川貞」でございます。
そう。ウナ太郎さんが営む老舗のウナギ屋さん。
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ウナ太郎さんは最近ご結婚なされて第一子も授かったとおめでたい事づくめなのでお福分けしてもらった感じで元気をいただきました。

さてまた旧中山道にもどり進みます。

赤坂宿
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赤坂宿東西に連なる町筋には、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠17軒と商家が軒を並べ、美濃国の宿場町として繁盛していた。
また、明治年間には杭瀬川の豊富な水量を利用した、舟運交通が最盛期を迎え、赤坂宿の東端にある赤坂港が重要な役割を果たしていたようです(引用)

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1775年建築らしい旧清水家。
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垂井宿
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垂井宿には、美濃国の一宮「南宮大社」へ向かう大鳥居があり、当時も門前町として栄えたことをうかがわせる。また、現在も、面影を残す旧家が軒を連ねています
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関ケ原宿
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この関ヶ原付近では、壬申の乱や関ヶ原の戦いなどが起った場所で、いろいろと関連する史跡が多いですが道すがらあった古戦場でトイレを拝借するだけにとどまりました。

ちなみに合戦場は旧中山道から少々離れた場所にあります。

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今須宿
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今須宿は、中山道美濃16宿のうち、最西端の宿場。ここより西は近江国となる。妙応寺の門前町として栄えたようです。
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美濃と近江の国境ですな。
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いよいよ後半の国でございます。
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柏原宿
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柏原宿は、本陣1件、脇本陣1件、旅籠22件と、今須宿から3.3㎞と短いわりに旅籠が多かった。なぜなら、柏原宿は東山道の宿駅、東下りの際、不破関手前の宿駅地として軍事・交通の要衝だったためである。
また「伊吹もぐさ」も名物で、伊吹堂の番頭福助が有名のようです。(引用)

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前回お世話になった髭野郎は中山道愛知川宿に住んでいるので前々から近くまで来たら寄るよ!と言っておいたんだ。

一応近江の国(滋賀)に入ったのでその事伝えると「米原のトンネル抜けたらまた電話頂戴!」との事。
ほうほう。トンネルがあるのだな。とまた漕ぎ出す。

醒ヶ井宿
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本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒で小さな宿であったが、名水の里として名を馳せ、清水が豊富で旅人の休憩地であった。宿内には、地名の由来となった「居醒の清水」をはじめ「十王水」「西行水」などが、今も湧き出している(引用)
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醒ヶ井もなかなか風情のある宿場町でした。
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当時の中山道が目に浮かびます。
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ここで髭からの不在着信に気が付く。
かけなおしてみると「子供たちとショッピングモールに来てるから、どこかで落ち合って夕飯でも食べよう!」とのこと。


番場宿
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たぶんこの辺が米原だと思う。
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柏原宿を超えて醒ヶ井近辺から名神道と並行して走っており、旧道を通る人々もまばらな感じです。

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ゆるいが上りが足に来ると思ったら磨針峠という道。。。
登ったところでまたゆるく下ると

鳥居本宿
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今このブログを書いてて気が付いたんだけど鳥居本は彦根城に近いんだねえ。

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とりあえず髭に電話。いま鳥居本だよー。と伝えると「なんや!!早いな!!これからそっち向かうわ!」との事。
そんでもって米原のトンネルってどこだったんだろう??

高宮宿
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高宮宿は多賀大社の門前町として、また近江上布(麻布)の集散地として
大変栄えた宿場

多賀大社の大鳥居
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多賀大社は前回髭に連れてきてもらったなあ。

・・・とここでその髭から電話。

「今鳥居本なんやけどどこにおる?」

あ、僕高宮まで来ちゃった。

「あれ?じゃあどこかですれ違ってるな。ちょっとそこで待ってて今すぐ行くから!」

ということで無事髭と合流。

回転寿司でも。と思っていたそうだがあまりの混雑ぶりに急きょマクドナルドへ。
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男の子は夏が来るたびに男の顔になってくるんだ。

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皆元気そうで何より!
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・・・とまあこの流れでまた髭宅に1晩お世話になることになってしまった。。

ありがたい。。

つづく。

旧中山道の旅 後編③
ちょいと散策。
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しかしお世話になる宿は見るからに古いな。。
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そして夕食。
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いや~地の物郷土料理最高です!

僕奥座敷に居るんだけど、前方の方が入口で一段低くなっていて低いほうが家来、高いほうが将軍とか位の高い人がくつろげるようになっていたそう。
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多分この辺から「敷居が高い」ってのが出来たに違いない。

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なんだか田舎のおばあちゃんちに来たような感じです。
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徒歩で中山道の御方。
徒歩旅なのでこまめにこまめにやっているそう。
聞けば今日は中津川までバスで来てここまで歩いてきたそう。
僕がこの宿にお世話になる昼には見かけていたから結構なペースで歩いてますね!
中山道は東海道と違って駅が無いので徒歩の場合は計画的にいかないと続きをやるにもとんでもない事になるとの事。


翌朝、宿内を案内していただきました。
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ちょいと刀傷。
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昔の建築は二階で刀が振り回せないように天井を低く作ってあるそうです。
1858年の建築だそう・・・いやーよくもっている!
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お部屋をぐるりと廊下が囲んでいます。
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朝鮮通信使の書。
あれ~?朝鮮通信使って中山道来てましたっけ?って話をしましたが、まあどこかで入手したのでしょう?とのこと。
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こちらは三国志でしょうか?
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さて出発しますかな!
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徒歩の旅も楽しそう!お気をつけて!
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朝一はなんとも清々しいですな。
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お!また未舗装。
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こんな獣道になにやら立派な石垣が!!
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こんな道なのに。。昔は大分大通りだったのでしょうか?
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きっと相当なお屋敷だったに違いない。
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謡坂の石畳
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長閑な田舎道も越えやっと下界に下りれた感じです。
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御嵩宿
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ここからはずーっと舗装路。
宿もお店もあるので安心です。
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慶長5年(1600)に、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、直ちに宿駅伝馬制へと着手。慶長7年(1602)には御嵩宿に「伝馬掟朱印状」を下したことから、重要な拠点とみなしていたことがうかがえる。天保年間の調査によると、本陣脇、本陣が各1軒、家数は66軒とある。

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伏見宿
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伏見宿は、木曽川に新村湊を控え、荷の集積港として賑わっていた。
また、太田の渡しが川止めになると旅人があふれ、飯盛女も多い宿場であったそう。

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東海道と中山道、海側の東海道はやはり川渡りが難点だった為山側の中山道を歩いた人たちも多かったよう。

で中山道でも難所の太田の渡し。木曽川越えです。
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現代では橋が掛かっていますから。。川渡りの苦労は感じません。。

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木曽川を越えると太田宿。


太田宿
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古い宿場町の面影を色濃く残しております。

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この辺で雨が降ったりやんだり。
 
カッパを着れば汗でずぶ濡れ。カッパ脱げば雨でずぶ濡れ。どっちにしてもでございます。

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とてもいい雰囲気の太田宿を抜け自転車こぎ漕ぎしていますとトンネルにぶつかるわけです。

旧街道は基本的にトンネルは抜けません。
峠越えです。しかし峠の位置口が分かりません。
・・・でもずーっと一本道だったのになあ、道間違えるはずもなし。

携帯ナビで確認すると右手に見える山をいく感じのルートになっております。

で、来た道を戻ってみますと・・・

歩道側にあった!!
国道の下くぐるんだ!!分かりにくいー!
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はい!峠に出る事が出来ました!

うとう峠
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いやー山登りはキツイね。
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1日目をさぼった分2日目が長い。。まだまだがんばるぞ!ってことで・・・つづく!
旧中山道の旅 後編②


あ、そうだ。後半の山場に十三峠ってのがあるって聞いてたぞ!
これがそれか!!

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おお!なんだか手強そう。。
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まあこういう道も逆に風情があると割り切って楽しみながらのんびり行きます。
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なんだか不吉な名前。。
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事の起こりを読んでみたら、昔、この地蔵の前で2人の中間(ちゅうげん)が休憩していて
寝込んでしまった

一人が目覚めると、連れが首を切られて死んでいた
辺りを見回してもそれらしき犯人は見当たらなかった

連れが襲われたのに、黙って見ているとはと怒り
地蔵の首を切り刎ねてしまった

村人が、地蔵の首を元に戻そうとして
何度も試みたがどうしてもつかなかった

以後、首なし地蔵と呼ぶようになったとか

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登ったり下ったり。
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もう自分がいまどの辺に居るのかもよくわからなくなってきました。
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そう。13の峠を越えるから十三峠。
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この先どこまで続くのか。

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「よー!どっからきた?」とお父さん。
今日中津川からですね。
「めっきりこの道もモノ好きしか通らなくなってな。バイパスのが便利なもんで皆そっちにいっちまうんだ。」
まあ僕旧中山道やってますから。
「おお俺も昔やった!琵琶峠抜けたらもうあとは舗装路よ!」
・・・ああまだ琵琶峠ってのがあるのか。



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なんとか集落へ下りれた。

大湫宿
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唯一ある商店。
僕を見るなり
「十三峠は楽しかったでしょ!?」とニコニコのお母さん。
完全に見透かされてる様子。

水分と食糧調達。この先にも何も無いって言ってたもんなあ。
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店先でカロリー補給。

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さてさて大湫宿を抜けると雨が降り出してきました。
んー。まいったなとカッパを着こむ。

そして琵琶峠
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石畳の為また自転車担ぐ羽目に・・
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琵琶峠散策中の御夫婦に声をかけて頂いた。
「あんたさっき大湫宿の商店でおにぎり食べてるとこ見たよ!」
聞けば車で中山道散策しているそう。

「自転車だと大変だろうけど頑張ってね!!」
はい。がんばりますよー。

細久手宿
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細久手宿に入る頃には雨は止んだ。
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カッパを脱ぎながら古い建物だなあと眺めつつ地図をとりだす。
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今日は多分30キロくらいしか走ってないんじゃないかな?
1日100キロくらい走りたいから今日は岐阜あたりまで行ければいいな。駅も近いから宿もたくさんあるだろうし。
・・・と大体の目星をつけ、携帯片手に岐阜近辺のビジネスホテルを探し片っ端から電話するのが僕の自転車旅の宿の取り方。


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そんな事をしていると前の建物からお母さんが出てきた。

「どこからきた?」
今日は中津川からですね。
「ここらの地図。もって行きなさい。」と細久手の観光マップをくれた。

「今日はどこまでいくんだい?」
まだ決めてないですね。でも岐阜あたりまでは走れそうです。

「うち宿やってるから泊まってけば?」

内心、まだ走りたいけどこれも何かの縁かなと急遽こちらに泊まる事になってしまった。。
まだ昼過ぎ。たまにはのんびりするかあ!!

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お茶菓子出してくれた。

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お!この紫蘇のお茶めちゃくちゃ美味しいぞ!!!


つづく。

旧中山道の旅 後編①
前回タイムアップ?で中津川で終了してしまった旧中山道の旅。
今回は中津川まで電車で行き再スタートでございます。

名古屋まで新幹線、そこから特急で中津川へ。。まあ遠回りで電車賃もばかにならん。。中山道がやりにくいとはこの事。

ちなみに中津川行の特急は超満員で連結部分に自転車抱きしめての乗車。まー酔った酔った。吐くかと思った。



猶予は二泊三日。一日100キロペースで進めば余裕でございますな。
まあもう大きな峠は無いでしょうし。




そんな訳で前回ヒゲ野郎を待ちぼうけした懐かしの駅。



軽やかに漕ぎだします。

中津川宿

「やす」ではなく「すや」ね。超老舗のお酢屋さん。

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中津川宿もなんだかんだと宿場町の面影をあちこちに残しております。

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途中峠でトイレ休憩。セミの抜け殻。夏休みだねえ。。
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大井宿
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大井宿は恵那駅が最寄り。
ああ、さっき電車で通り過ぎた駅だ。。なんて思いながら通る。

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いいねいいね!舗装路は!わくわくしながら街散策。



ん?
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道行が怪しくなってきたぞ??

もう峠越えは無かったんじゃないのかな??んー???

つづく。
ウルグアイ5
翌日またロチャまで行く・・

なんか怪しいセミナービジネスっぽいけど。。こんな場を改めて用意してもらったうえで話すことでもないにね。。
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全くサッカーもなんも知らないし何かに成功してるわけではないんだけど、「明元素・暗病反」の話をした時にまあその話を選手たちに!となったわけ。
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1時間くらい話したから事細かに書くと大変だけど、「要は言葉や思考が大事。」って事。
あたりまえなんだけどね。
出来ることも出来ないと思ってしまうのはもったいない。「なんともならない」ではなく「何とかする!」

「出来ない!分からない!って言葉や思考は暗病反だから、思考も行動もストップさせてしまうんだ。」


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試しに生卵立ててみるといいよ。出来ないって思いながらやると立たないから。
出来るなあって思うと結構出来るもの。

そんな話をよく血気盛んな若者が静かに聞いてくれたもんだと思う。

通訳手伝ってくれたプジェイロさんには大感謝。

オーナーや、監督たちも「なるほど。日本は戦争に負けたのに、先進国になったわけだ。ウルグアイはいつまでたっても昔のままさ!」なんて言っていたけどそれはそれでうらやましい事でもあるんだ。

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さてこんな遠くまで2日もつづけて来ることになって、もちろんお金なんか出ないしガソリン代も高速代も食事も自腹。まあそんなこと書くもんじゃないか。。こっちもいい経験になったわけだし。


翌日やっと観光。

少し離れたコロニアというところに行きます。

市バスでロングディスタンスのバス発着所までいきます。
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んで長距離バスに乗ってコロニアに到着!
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ここは世界遺産地区。
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スペイン風というかポルトガル風というかそんな街並みが続きます。


ちなみにここから水上バスに乗ると隣国のアルゼンチンに行けます。
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とりあえず腹ごしらえ。
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とにかく雀が寄ってきます。
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なんだか慣れているようで
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手から食べます。
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街中には古い車がオブジェのように置いてあります。
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街を散策。
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さすが世界遺産なだけに古いまま残っている。
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灯台に登ってみたよ。
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やっと海外観光してる感じになってきたのにもう最終日なんだ。。
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可愛い奴め!
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そんなわけで人生初の南米。

また来ることあるのかな。。遠いしなあ。。

でもいい思い出になりました。ありがとうウルグアイ!