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高原ライフ③富士登山1
富士登山は1度行った事はあるんだけど、まあ今回は別の登山口から登ってみたんだ。

前回は富士吉田。

今回は須走り口から登ります。
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ちなみに富士山は4つ登山口があるんだけどこの須走りは林間部を上がって植物の限界点みられるコース。
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前回のなだらかな富士吉田口と違ってなんだかいきなり登山・・なんか辛い・・

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しょっぱなから急な感じ。。

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山頂までまだ遠いなあ・・

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屋久島の時に寒くて着こんで歩いていたらいつの間にか汗をかき一気に冷やし大変な思いをしたので少し寒いながらも薄着で登ってたんだ。
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植物も大分背が低くなってきた。この辺が植物限界点か。


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ガスっては晴れの繰り返し。
空気は冷たく結構寒い。。

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持っているものを全て着込む。。カッパまで着込む。さむい!!

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しかし急だ。。。

うろおぼえになってしまったが吉田口は8合目以降がこんな感じでそれまでは緩やかだった気がするなあ・・

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寒くてとにかく温かいものを欲する。。おしることか、カップめんとか・・

そんな中でも異人さんはランニングにビーサンだ・・
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まあでもやっと本7号。
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そして8合目。
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今回は本8号で宿を取ったんだ。
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前回は夜から登り始めて日の出を見る為に一気に登って頭ガンガンの高山病にかかってしまったのでそれを踏まえての事。

しかし寒い!!



高原ライフ②
すっかり更新怠ってますが続きです。。
八ヶ岳から河口湖に移動。
南アルプスを望みながらのツーリングは気持ちがいいもんですな。

英雄の時にじっくり見る事が出来なかった浅間神社。
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ここも世界遺産。
猿が走りまわってましたけど。。

パワースポットでもあるようで御朱印女子もたくさんこられてました。

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神社仏閣って今まであまり興味なかったのですが、旧東海道、旧中山道をやって古い建物にへーほーと感心していた時、そこら中にある神社仏閣はもっともっと古くからあるモノなんだよなあ。。としみじみ感じ、最近興味持ち始めたのです。

まあ色々の事調べていくと大変なので雰囲気のカッコよさだけで止めておきますが。

そしてもう一つ英雄(自転車イベントね)の時見れなかった船津胎内樹形

此方も世界遺産の神社です
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富士さんの噴火によって大木が溶岩に飲まれ、焼け、空洞になったもの。
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人の胎内に見立ててあります。

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母の胎内
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今は電飾による光が煌々と照っていますが江戸時代は蝋燭で入って行ったそうです。。いや怖いなあ。。

単純な道ではありますが何箇所か枝分かれしていて胎内のようになっています。

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コノハナヤクヤヒメが祭られています。


此方は父の胎内
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そんなこんなで腰をかがめて歩き歩きで出口へ。
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昔はこんな感じでお参りしていたんだなあ。。

さて明日は富士登山だ!!



高原ライフ①
なんとなーく高原でのんびりしたいなあ。。。
なんて思って八ヶ岳へ。
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高原の空気はすがすがしい。

しかしここ数年八ヶ岳来る事が多くなった気がするなあ。
意外と近くてバイクで走ってて気持ち良い。

清泉寮のなんとかって所でご飯。
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なんだかヘルシー。

清泉寮といえばジャージーソフト。
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のんびり。

何もしない時間の贅沢を知ってしまった僕はさらにのんびりする為にヘルシーな民宿へ。
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オーナーが自分で建ててしまったお家。

うれしい事にトランポリンで遊びたい放題。
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無農薬家庭菜園で採れた野菜を料理として出してくれます。
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なんだかヘルシー志向になってしまってこういうのに弱い。
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庭で積んだバジルは乾燥させて使うんだ。

まあ食事の美味しい事。以前の僕なら食べ物は口に入れば何でもよかった。
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しかし今は食にこだわるよ!
・・・いえ、普通にジャンクなものも好きです。

そんなわけで朝。
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なんだろう。このアルプスの少女ハイジになったかのような生活は。
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野菜は庭からとってくる。オーガニック。
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お茶も庭からとってくる。オーガニック。
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雑誌とかテレビでしか見たことないナチュラルライフ。普段の僕とはかけ離れた生活。。

オーナーさんからハンモックも借りてさらにのんびり。
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何なんでしょう。この絵に描いたような高原生活。。まさに理想通り。。

お昼は近くのお蕎麦屋さんへ。
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ここ相当美味しかった!!
人気店らしくエライ混んでいたが間違いなく美味しかった。
僕蕎麦打ちするようになって蕎麦の味が分かるようになってしまったのが嬉しいやら悲しいやら。。
昔は蕎麦は何でも美味しかった。でも美味しい蕎麦ばかり食べてるうちにマズイ蕎麦に気が付いてしまったんだなあ。。いいんだか悪いんだか。。

御射鹿池に行ってみたよ。

イメージ写真。
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CMとかネットの写真で凄いきれいな池だなあって思うんだけどね。映像技術の差なんだなあ。。。

ちなみに僕が撮るとこんなです。
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はい。普通の池です。



この日の夜は他のお客さんたちとキャンプファイヤーしました。
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マシュマロ焼くよねー。
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花火するよねー。

明日は河口湖へ!!

つづく。
旧中山道の旅 後編④
ちなみに高宮で髭がとってくれた写真。
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またしても髭の所にお世話になってしまった僕・・
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皆に「がんばってくるよ!」と伝え再び漕ぎだします。

愛知川宿
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昨夜は暗かった為、もう一度通ります。
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清水鼻の名水にて給水&小休止
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炎天下にはありがたい。。



武佐宿
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武佐宿を越えると横関川にぶつかる。
ナビを見ると川沿いに行くようになっているのだが道が途絶えた。。
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あ、そうか昔は船で渡ったんだっけ。。
とよく調べてみると舟橋という方法があったそう。通常は舟渡しであるが、水量が下がると川に杭を打って舟橋としていたのだそうだ。もちろん今は無いわけだが。
というわけで近くに掛かってる橋まで行き渡り、渡船場跡までもどりまた旧道へ。途中間の宿である鏡の宿ある(道の駅でトイレ休憩はしました。)のだが、とりあえず数に数えられている宿場町を見よう。


守山宿
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もうここまで来ると京都近いぞ感が否応なしに高まる。

線路の高架下を抜け・・・
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こんなに狭くても中山道。
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そして草津駅そばの古くから営んでいるというソバ屋でお昼。
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あれ?老舗なのに乾麺でした。。。まあいいか。

草津宿
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ここより東海道と交わるわけです。
思えば東海道を折りたたみ自転車で行ったのってもう五年前??
月日がたつのは早いもんですな。
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草津宿を抜け
ハスの葉で覆われてる池に。
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ハスの種って怖いですよね。。ハスコラ依頼トラウマに。。

瀬田の唐橋
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琵琶を越すといよいよ佳境に入ってきた感が!

大津宿
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東海道編でも書いたかもしれないが逢坂が地味にきつい・・・まあでも時間もたっぷりあるし休み休みね。

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あーもうすぐだ!!

とえっちらおっちらと漕いで行くと人も増えて京都へ!!

東海道制覇以来の三条大橋!
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お疲れさまでした僕。


しばし涼をとります。
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旧街道を走って思ったこと。

旧街道の宿場町は江戸時代の商店のビジネスモデルだったはず。
それが時代とともに生活が変わり乗り物が変わり、それに応じて広く整備された道が出来、主街道が国道や県道へと変わるにつれ、人の往来も交通量の多い方へ移行しそれまでメインだった旧街道は裏路地でしかなくなってしまった。
新しい道だって混んでくればバイパスや陸橋が出来、そこにあった商店はまたダメになる。
新しいインフラが出来れば、そちらに着いて従うものが増えた分、旧いものが消えていく。
現代はインターネットという街道に幾つものビジネスモデルが出来、廃るサイクルも早くなり、また思いもよらない道が出来る。
いい事なのかどうなのかも分からないが、新しいものが増えた分やはりそれまでの旧いものは減ってる気はする。

さてさて、取り敢えず今は昔の街道に思いを馳せよう。

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さて!!五街道のうち長い2つは制覇したぞ!

次はどれ行くかな!

中山道の旅おしまい!
旧中山道の旅 後編③
うとう峠はすぐ脇を国道が通り自然散策路的な感じであったので山奥に来ている感は最初だけだったの安心した。

さて峠を抜けしばらく進むと

鵜沼宿
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鵜沼宿は明治24年(1891年)の濃尾大地震で壊滅的な被害を受けたため、江戸時代の建物はほとんど残っていないそうです。

それでもなんだか雰囲気のある街並み。
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清酒菊川。趣がありますねえ。
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町屋の一つが資料館として公開されています。
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階段下の収納箪笥なんか今でも収納アイデアとして生かされても良いですね。
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大垣城の鉄門
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文を読むと耐久性、耐火性を求めた結果のようですね。
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鉄門と言っても薄めの鉄を貼り合わせたいわゆるサイディング。
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錆がいい雰囲気です。
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加納宿
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城下町「加納」は、関ヶ原の合戦から半年後の慶長6年(1601)に、十万石の領地を与えられた奥平信昌が、地元の有力者たちを指揮して整備したことから始まる。その後、寛永11年(1634)には中山道の宿場に定められた。宿場の中心部では、岐阜町から名古屋の熱田へ続く御鮨街道(岐阜街道・尾張街道)と交わっており、交通に要になっていたようです(引用)
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岐阜駅も近くこの辺で1泊できたら楽なことでしょう。 初日はここまで来る予定でしたけどね。
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さてさてまた漕ぎ出し長良川を越えると河渡宿

河渡宿
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美江寺宿
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河渡宿、美江寺宿は然程旧道感もない感じでした。

と美江寺宿を過ぎて少し寄り道。

大垣へ足を延ばしてみました。

大垣と言えば「うなぎ川貞」でございます。
そう。ウナ太郎さんが営む老舗のウナギ屋さん。
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ウナ太郎さんは最近ご結婚なされて第一子も授かったとおめでたい事づくめなのでお福分けしてもらった感じで元気をいただきました。

さてまた旧中山道にもどり進みます。

赤坂宿
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赤坂宿東西に連なる町筋には、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠17軒と商家が軒を並べ、美濃国の宿場町として繁盛していた。
また、明治年間には杭瀬川の豊富な水量を利用した、舟運交通が最盛期を迎え、赤坂宿の東端にある赤坂港が重要な役割を果たしていたようです(引用)

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1775年建築らしい旧清水家。
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垂井宿
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垂井宿には、美濃国の一宮「南宮大社」へ向かう大鳥居があり、当時も門前町として栄えたことをうかがわせる。また、現在も、面影を残す旧家が軒を連ねています
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関ケ原宿
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この関ヶ原付近では、壬申の乱や関ヶ原の戦いなどが起った場所で、いろいろと関連する史跡が多いですが道すがらあった古戦場でトイレを拝借するだけにとどまりました。

ちなみに合戦場は旧中山道から少々離れた場所にあります。

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今須宿
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今須宿は、中山道美濃16宿のうち、最西端の宿場。ここより西は近江国となる。妙応寺の門前町として栄えたようです。
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美濃と近江の国境ですな。
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いよいよ後半の国でございます。
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柏原宿
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柏原宿は、本陣1件、脇本陣1件、旅籠22件と、今須宿から3.3㎞と短いわりに旅籠が多かった。なぜなら、柏原宿は東山道の宿駅、東下りの際、不破関手前の宿駅地として軍事・交通の要衝だったためである。
また「伊吹もぐさ」も名物で、伊吹堂の番頭福助が有名のようです。(引用)

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前回お世話になった髭野郎は中山道愛知川宿に住んでいるので前々から近くまで来たら寄るよ!と言っておいたんだ。

一応近江の国(滋賀)に入ったのでその事伝えると「米原のトンネル抜けたらまた電話頂戴!」との事。
ほうほう。トンネルがあるのだな。とまた漕ぎ出す。

醒ヶ井宿
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本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒で小さな宿であったが、名水の里として名を馳せ、清水が豊富で旅人の休憩地であった。宿内には、地名の由来となった「居醒の清水」をはじめ「十王水」「西行水」などが、今も湧き出している(引用)
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醒ヶ井もなかなか風情のある宿場町でした。
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当時の中山道が目に浮かびます。
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ここで髭からの不在着信に気が付く。
かけなおしてみると「子供たちとショッピングモールに来てるから、どこかで落ち合って夕飯でも食べよう!」とのこと。


番場宿
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たぶんこの辺が米原だと思う。
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柏原宿を超えて醒ヶ井近辺から名神道と並行して走っており、旧道を通る人々もまばらな感じです。

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ゆるいが上りが足に来ると思ったら磨針峠という道。。。
登ったところでまたゆるく下ると

鳥居本宿
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今このブログを書いてて気が付いたんだけど鳥居本は彦根城に近いんだねえ。

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とりあえず髭に電話。いま鳥居本だよー。と伝えると「なんや!!早いな!!これからそっち向かうわ!」との事。
そんでもって米原のトンネルってどこだったんだろう??

高宮宿
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高宮宿は多賀大社の門前町として、また近江上布(麻布)の集散地として
大変栄えた宿場

多賀大社の大鳥居
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多賀大社は前回髭に連れてきてもらったなあ。

・・・とここでその髭から電話。

「今鳥居本なんやけどどこにおる?」

あ、僕高宮まで来ちゃった。

「あれ?じゃあどこかですれ違ってるな。ちょっとそこで待ってて今すぐ行くから!」

ということで無事髭と合流。

回転寿司でも。と思っていたそうだがあまりの混雑ぶりに急きょマクドナルドへ。
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男の子は夏が来るたびに男の顔になってくるんだ。

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皆元気そうで何より!
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・・・とまあこの流れでまた髭宅に1晩お世話になることになってしまった。。

ありがたい。。

つづく。